今城塚古墳を盛り上げるキャラクターの登場⁈
国の史跡には指定されているが、陵墓に治定されていない。
しかし、継体大王の真の陵墓と有力視されている。
現在宮内庁は、大阪府茨木市にある太田茶臼山古墳を継体天皇三嶋藍陵として管理している。
今城塚古墳と太田茶臼山古墳の位置関係を地図で確認しておこう。
太田茶臼山古墳は今城塚古墳から1.6㎞南西の方向に位置する。
今城塚古墳が、継体大王の真の陵墓であることは、 記紀などの史料批判、出土した埴輪の年代分析などの考古学的の成果により可能性が高くなっている。
その近年の学問的成果を陵墓の治定に反映させないのだろうか?
しかし、陵墓に治定されていないのが幸いし、われわれは、真の継体陵を自由に散策できる好機に恵まれた。
まずは、内堤に上ってみる。
発掘された家、器台、大刀、盾、巫女、武人、力士、鳥などの形象埴輪が整然と並ぶ 。
埴輪祭祀場(はにわさいしば)が復元埴輪により再現されているのが最大の特徴だ。
高槻市のHPでは、
「〜死せる大王との惜別と新たな大王の王位継承の場である殯宮(もがりのみや)を表現したとも考えられます」
と解説されている。
整然と埴輪は、並べられているが、
なぜ、このような並びなのか?
なぜ、殯宮を表現したと考えられるのか?
今後調べてみたい。
古墳のところどころには、説明版が設置されている。
古墳の説明版に登場し、訪れたわれわれをナビゲートしてくれるのが、
継体大王の家来「ケッタイ」だ。
しかし、高槻市には、マスコットキャラクターの「はにたん」がいる。
しかも「はにたん」はこの今城塚古墳から出土した武人埴輪から誕生している。
この古墳に縁もゆかりもあり、高槻市の絶対的エースである「はにたん」を投入せず、
あえて継体大王の家来という設定で、しかも主人の名前をもじったキャラクターを
誕生させるセンスは理解できないが、この古墳を印象づけるには、
良いネーミングだ 。
つぎに内濠に降りてみる
墳丘に上れるように階段上になっているので、墳丘にのぼってみる。
儀式の場(北造出)が見える。
さらに上にのぼる。
後円部から前方部に続く道を辿ってみる。
前方部から、北側の内濠を撮影
南側の内濠におりてみる
南造出も綺麗に再現されている
南側内濠
北西コーナーに立つ朝顔形埴輪
古墳は、大変きれいに整備され、親子連れや犬と散歩する人など、高槻市民の憩いの場となっている。
訪れても外側から眺めるだけの古墳が多い中、前方後円墳の構造や規模感を立体的に体感できる素晴らしい古墳だ。
基礎データ
被葬者:継体大王?
築造時期:6世紀
墳形:前方後円墳
墳丘長:181m